
「配信量を増やせば、そのうちどれかが当たる」
広告の現場でよく聞く考え方です。半分は正しく、半分は違います。
ある健康食品ECで実測したところ、消化額が増えるほど、獲得単価は悪化していました。 件数は増えます。単価は下がりません。
結論を先に書きます
分けて考える必要があります。
「たくさん出せば件数は買える」——正しいです。 予算を2倍にすれば、獲得件数はおおむね増えます。
「たくさん出せば単価が良くなる」——実測では逆でした。 同じ広告、同じ月で比べて、大きく使ったほうが1.3〜1.4倍悪くなっていました。
理由は収穫逓減です。安くて刺さる配信先から先に買うので、増やすほど残りは条件が悪くなります。
実測の中身
同一事業者、同一媒体で、広告ごと・週ごとに集計しました。消化額と獲得単価の関係です。
| 消化額の帯 | 件数 | 獲得単価 |
|---|---|---|
| 5万円未満 | 60 | 20,593円 |
| 5〜10万円 | 21 | 29,458円 |
| 10〜20万円 | 6 | 35,209円 |
対数をとった相関は +0.446(n=34、両側p≈0.008)でした。消化額が増えるほど単価が上がる方向です。
時期の影響を除いても、同じ向きでした
ここが大事なところです。「大きく使った週は、たまたま競争が激しい時期だった」という可能性があります。
そこで月を分けて、同じ月の中で比べました。
| 月 | 規模 | 件数 | 獲得単価 |
|---|---|---|---|
| 7月 | 5万円以上 | 9 | 39,899円 |
| 7月 | 5万円未満 | 12 | 28,570円 |
| 8月 | 5万円以上 | 19 | 23,483円 |
| 8月 | 5万円未満 | 46 | 18,408円 |
7月は1.40倍、8月は1.28倍、大きく使ったほうが悪くなっています。月をまたいでも向きが同じなので、時期の影響ではないと考えられます。
なお、7月から8月にかけては両方の規模帯で改善しています。これは規模とは別の要因です。 混ぜて読まないでください。
傾きから、規模を上げたときを推計する
この関係を式にすると、獲得単価は消化額の0.3乗に比例する形になりました。
この傾きが続くなら、消化額を10倍にすると単価は約2倍になります。
ただし、これは大きな外挿です。測った範囲は2.5万円から14万円まで(5.6倍の幅)で、そこから10倍先を伸ばしています。 n=34で、20万円を超えるデータは1件しかありません。そのまま信じないでください。
大事なのは倍率の精度ではなく、「増やすほど悪くなる向きがある」ことを前提に置くことです。
では、どう判断するか
3つに分けて考えます。
① 件数の目標があるなら、単価の悪化を織り込む
「今月あと100件」という目標があるなら、予算を増やせば取れます。ただし平均単価は上がります。 増やす前の単価で計画すると、着地でずれます。
② 単価の目標があるなら、規模を上げない
許容できる単価が決まっているなら、その水準で回る規模で止めるのが合理的です。無理に伸ばすと、上限を超えた分が赤字になります。
③ 上限額を先に決めておく
「1件も出ないまま、いくらまで使ってよいか」を先に決めます。これは許容できる獲得単価から計算できます。
上限額 = 許容できる獲得単価 × 3.0
(1件も出ない確率が5%を切る水準。−ln(0.05) ≒ 3.0)
これは仮の式です。 許容単価に御社の数字を入れてください。この上限を超えて1件も出ていない広告は、統計的に「悪い」と言い切れます。判定を待つ必要がありません。
「どれかが当たる」の意味を分けます
冒頭の考え方には、実はもう1つ論点があります。誰が「当てて」いるのか、です。
多くの媒体は、自動入札で配信先を決めます。事業者が指定するのは目標だけで、どの広告に予算を寄せるかは媒体のアルゴリズムが決めます。
つまり「たくさん出せばどれかが当たる」は、媒体のアルゴリズムがやっていることそのものです。
問題は、その「当たり」の判定基準が、媒体が数えたコンバージョンだということです。ある事業者の実測では、媒体の数字は受注システムの2倍でした。詳しくは媒体のCVと受注のズレに書きました。
媒体は、ずれた目標に向かって、正確に最適化しています。 配信量を増やすより先に、返す信号を正すほうが効く可能性があります。
何本に分けるかも影響します
予算を増やすとき、広告の本数も増やしたくなります。ここに落とし穴があります。
本数を増やすと、1本あたりの成果件数が減ります。 判定できる粒度が粗くなります。
たとえば予算全体で640件取れる見込みなら、
- 2つに分ける → 1つあたり320件。11%の差まで見える
- 32本に分ける → 1本あたり20件。44%の差でも見えない
「32本のうち何本が当たったか」という見方をすると、必ず間違えます。 20件では、良し悪しではなくばらつきしか見えません。
詳しくはA/Bテストのばらつきに書きました。
よくある質問
予算を増やすと単価が悪くなるのは、どの媒体でも同じですか
分かりません。上の実測は1社・1媒体のものです。 ただし収穫逓減という考え方自体は、広告に限らず一般的なものです。まず御社の数字で測ってください。
測り方を教えてください
広告ごと・週ごとに「消化額」と「受注件数」を並べて、獲得単価を出します。それを消化額の帯で分けて平均を見ます。表計算ソフトでできます。
このとき、月をまたいで比べないでください。 時期の影響が混ざります。同じ月の中で、大きく使った広告と小さく使った広告を比べます。
単価が悪くなるなら、予算は増やさないほうがいいのですか
そうとは限りません。許容できる単価の範囲内なら、増やして件数を取るのが合理的です。 判断の基準は「単価が上がるかどうか」ではなく、「上がった後の単価が許容範囲か」です。
許容できる単価はどう決めますか
継続購入がある事業なら、一定期間の粗利から逆算します。
許容単価 = 期間内の粗利 × (1 − 原価率) × 成立率
これも仮の式です。 原価率は商品ごとに大きく違います。ある事業者では、同じ会社の中で3.0%から43.1%まで幅がありました。平均で計算すると歪みます。
媒体の自動入札に任せるのは間違いですか
間違いとは言えません。人が32本を個別に判断するより、機械のほうが速く回せます。 問題は判定基準です。媒体に返している成果が実際とずれていれば、機械は正確に間違えます。
規模を上げる前に、何を確認すべきですか
いまの規模での単価と、1段階上げたときの単価を、小さく試して測ってください。 いきなり10倍にすると、悪化したときの損失が大きくなります。2〜3倍で1回測るのが現実的です。
この記事で扱わなかったこと
- 媒体の数字と受注のズレ →媒体のCVと受注のズレ
- 差が本物かどうかの判定 →A/Bテストのばらつき
- どの動画から売れたかを引く方法 →クリエイティブ別の成果
★ 断定していないこと
私は、この関係が他の事業者でも成り立つと確認していません。 1社・1媒体・n=34の実測です。
私は、10倍にしたときの2倍という推計を検証していません。 測った範囲の外への外挿です。実際に10倍にして確かめた結果ではありません。
私は、収穫逓減の原因を特定していません。 「安い配信先から先に買うから」というのは説明であって、実測ではありません。
私は、媒体の自動入札の中身を検証していません。 何を基準に配分しているかは、媒体側の仕様です。
私は、7月から8月への改善の原因を特定していません。 規模とは別の要因があると考えられますが、何かは分かっていません。
相談先
予算を増やしたいが、単価がどう動くか読めない。あるいは増やした後に悪化して、原因が分からない。そうした段階でご相談ください。
弊社は単品リピート通販・D2C向けに、ECシステム、CRM、運営代行、新規顧客獲得、物流までを扱っています。広告の評価設計もその一部です。
まず、いまの消化額と単価の関係を測るところから始めます。
出典・注記
- 本文中の実測値(消化額帯別の獲得単価、対数相関+0.446/n=34/p≈0.008、月内比較の1.40倍・1.28倍、傾き0.3乗)は、国内の健康食品EC1社における2026年5月〜8月の実測です。事業者名・商品名・媒体名は伏せています
- 原価率3.0%〜43.1%は、同社の受注データに記録された商品別の仕入原価から算出しました
- 上限額の式(許容単価 × 3.0)は、1件も発生しない確率が5%を切る水準として −ln(0.05) から導いたものです